自己愛を満たすための結婚は避けよう-結婚してはいけない男

出会いがあれば別れがある。終わりがあるのは、始まりを受け入れるため。そう世の中の人は言うけれど、ひっついたり離れたりするのは、結構パワーと時間を消耗するもの。あぐらをかくわけでないけど、限りある時間の中で、できれば最愛の人とすんなりと結ばれたいと思う。そのためには男性を見る眼を磨かなくてはならない。人の心を大事にしない人に惚れこんでしまい、やけどをする前に。

筆者の経験から、近づく前に退散した方がいい男性、それは、決定的に自信のない男。40代で年収2000万近く。世間的にも名の知れ、地位も名誉も持っている男性。決してイケメンじゃないけれど、食事やプレゼントなどぬかりなく、連絡もマメ。

だが、彼には決定的な何かが抜けていた。そう、それは自信。というのも、それを表すのが、「過去の栄光の自慢話」と「物質に頼る気の引き方」。昔はこうだったとか、実績をアピールし、それに同調しておだてられないと、「俺なんて普通のサラリーマンだし…」等と行き過ぎた謙遜。いや、卑屈になりさえする。

最初はそういう人だ、と好きだから目をつむっていたが、何を言っても構ってほしい男に、疲れ果ててしまった。誰が見ても能力も実力もある――そのはずなのに、自分を自分で支えるだけの自信がない男性には、一緒にいて共に高めあえる土壌はないだろう。

もちろん、お互いが弱ったとき、どんなときでも味方でいられることが、他人同士が一緒にいるために必須だろう。だけど、一方的な求めるばかりの態度は、片方を消耗させるだけ。更に、寂しさ故に結婚したがっていた男性だが、それは自分の価値を保障してくれる女性が欲しかっただけだろう。誰でもいいわけではないが、自己愛を満たしてくれる道具ぐらいの感覚かも。彼のお金と結婚する女性もいるかもしれない。だが、それと共に失う代償は大きく、別れを選んだ。

そして伝え聞いたのが、驚きの事実。その男性は、その一カ月後に「元カノと結婚」したらしい。互いが鏡である法則は、恋人も夫婦にも当てはまる。もしかしたら、その男性も、女性も、お互いが自己愛を満たすために結婚したのかもしれない。と、その男性を選んでしまった自分も反省――自尊心を自分で守れる、伸び代のある男性を選びたいし、そんな女性でいたいですね。